Lockerな日々
漫画の仕事・アメリカ暮らし・犬・フィギュアなどの日常ブログ。
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DATE: 2010/11/10(水)   CATEGORY: 妊婦生活
初めての妊娠と流産
本日、産婦人科のウルトラサウンドにて、お腹の中にベイビーがいなくなっていることを確認して来ました。

うっすらと、胎嚢があった跡がありました。

まだところどころ、内容物が残っているそうなので、出血は続くだろうとのことです。


胎児を出す薬を服用したその日の晩から明け方まで、闘い続けました。


ちゃんと受け止めたよ。




これから体が回復して、元の通りに戻ったら、ベイビーが戻って来てくれるように、また頑張ります。


また妊婦に戻りたい。



失った喪失感を埋められるものは、そのものしかないから。



たくさんの励まし、本当に本当にありがとうございました。
お礼は順次少しずつお返しさせて頂きますので、今しばらくお待ちください。


今回のことで、ご自身のお辛い経験を語ってくださった方々、一緒に泣いてくださった方々、それぞれのたくさんの思いやり溢れた言葉をくださった方々、

本当にありがとうございます。

辛い以外のなにものでもない今回のことでも、何かを学び、何かを感じ、

たくさんの暖かい心に触れさせて頂いて、包んで頂いたこと、

心から嬉しく、感謝しています。



世の中には「よくあることのひとつ」として、簡単に片付けられたり、ひっそりと心のうちに留められている方も多くある流産。

振り返るのは辛いけれど、私はいつものように、検索でヒットして参考にしたい方がおられたときのために、
今回のことを書こうと思います。

異国で言葉の壁がある中で、私もネットにたくさん助けられたので。

そうして区切りを付けたいと思います。


拍手たくさんたくさん、ありがとうございます。

畳みます。
7週目まで不妊治療に通い、10週で地元の産婦人科にかかるように言われて予約を入れていました。
その初診の日、胎児が死亡しているのを確認しました。

稽留流産(出血等の自覚症状のないまま、子宮内で胎児が死亡している状態)と思われます。

8週に入ってすぐに、胎児は心拍を止めたのだろうと、その大きさから判断されました。
2週間近く、私は知りませんでした。

不妊治療に通っていたので、妊娠継続のための黄体ホルモン剤、ビタミン剤などの影響で、妊婦らしい体のままだったんです。
その日にすぐ、今までの薬を一切止めるように指示されました。

一週間後に診察に来るように。
それまでに自然と出血が始まるかもしれない。
胎児が出て来たら、持って来るように。

助産師にそう言われた、アメリカで初の産婦人科の診察日。
人生初の、妊婦としての産婦人科初診日。


旦那様は、ウルトラサウンドで横になっている私の側で、最初に言ったのが「嘘だろ」でした。
でも泣き出した私をすぐ慰めてくれました。
仕事を抜け出して来ていたので、診察が終わった後、会社に戻って後片付けをし、その日はすぐに帰って来てくれました。

つわりが軽くなっていた以外は、今までと変わらない日。
突然告げられた、我が子の死。
死亡届けを出せない週数だけれど、親としての自覚がまだ薄い時期だったけれど、命は命。
心臓だって動いていた。
不妊治療に通っていた頃、車で休みたい旦那様を引っ張ってウルトラサウンドで確認させた、胎児の鼓動。

だから旦那様にとってもショックだったけれど、私のために細やかな気配りをたくさんしてくれました。

「すごく悲しくて残念だけれど、ケイの体が心配だ」

だから私も、自分たけが悲しみ暮れていないで、旦那様も励まさなければ、と思いました。

でもやっぱり、どうして妊娠するのも、流産するのも、女だけが全て自分ひとりで請け負わなければならないんだろう、と悲観する気持ちもありました。
ひねくれてしまうほどにショックだったんです。

でも、だからこそ、代わってやれない男の立場からしてみれば、それもまた辛いんだと、よく解ります。
自分の身のことではないのに思いやる、これがどれだけすごいことか、そして思いやって貰えることがどれだけ有難いことか、とても身に染みました。

子供には、その大事さを理解して貰えるように育てていきたいなって、殊更に思う。

だけど、まだお腹にいる以上、何も出来ない。
死んでしまっても愛しいことに代わりはないけれど、お腹の中にいる、それがとても微妙な感覚。

何かで気を紛らわしていないと、おかしくなってしまいそうな、そんな感じ。


とにかく、診察時にはショックでただ助産師の説明を聞き流していたけれど、これからのことが不安でネットで色々調べました。

7~8週目の胎児の場合、放っておいてはいけない。
堕胎と同じ、ソウハ手術か、薬による排出をしなければ、癌の元になる、とのこと。

自然に出るのなら一番体に負担はかからないが、必ず全てが出るとは限らない。

日本ではまず、手術を勧められるそうです。
アメリカでは、まず、薬を勧められるそうです。なぜなら、アメリカは個々の保険によってカバー額が違うので、医師側も簡単に手術を勧められないこと、欧米人は東洋人に比べて身体的に丈夫なこと、などが理由だとか。

手術の場合の、利点とリスク。

利点は、処置がすぐ済むこと。確実に内容物を出せること。麻酔によって、女性は寝ている間に全て済むので、心身ともに(特に精神的に)負担が少ないこと。
リスクは、外科的処置によって、子宮が傷付く恐れがあること、自然に比べて体の回復が遅いこと、経費がかかること。

胎児の死のショックの次は、私にとって怖いことは、
「出て来た子を自分で受け止めること」
でした。

今まで流産の体験談を目にすることがあったときに、「トイレで自分で見てしまって…」などの内容に、とてもショックを受けていました。自分が妊娠したら、絶対に経験したくないと強く願っていたんです。

死の事実でさえ辛いのに、それを目にするという現実。

しかし、産婦人科の助産師は、「自然優先」の方針のようです。
次の妊娠のために、体に負担のないように、というのは解ります。しかし、精神的なことは後回しなんでしょうか。
母親として、全て自分で処置をすることが当然だと言うのでしょうか。

逃げられない現実。だけど、逃げちゃいけないのも現実。

赤ちゃんはその命を失った。それ以上の悲惨なことはない。
その現実から逃げて、私が「赤ちゃん見たくない」なんて言っていいことじゃない。
(でも、人の痛みも苦しみもそれぞれです。全ての人が同じように考えなければならないことではありません。トラウマになり、次へのステップに踏み出せないようになってしまうより、自分の限界以上のことを無理にする必要はないと思います)

でももうひとつの不安が、
「赤ちゃんを見つけてあげられなかったら、どうしよう」

それらのことがあって困り果て、私はいつも低下症治療でお世話になっている日本語の通じるクリニックに電話をしました。
事情をお話すると、そこが提携している産婦人科でも、東洋人には手術を勧めている、とのことでした。
女性への心身の負担軽減と、自然や薬による、ダメージ度の西洋人と東洋人の違いから、とのこと。

そして私は流産を防ぐために続けていた血栓予防の薬と注射から、大出血の恐怖があったので、手術をしたい旨を携えて、翌日、旦那様と産婦人科へ直談判に行きました。

しかし、産婦人科は手術はあくまで最終手段、と譲りませんでした。
不妊治療院にわざわざ連絡して調べ、薬の影響はすぐ抜けるから心配ないと宥めてくれた程です。

しかしそのやりとりで、彼らがとても親身になってくれていることを知り、私はとても安心しました。
今度こそ、健全な妊婦としてここに通いたい、そう思えました。

「自然に出た場合、大出血したら連絡して、次の診察までに出なかったら、薬を処方します」

そうして納得した私は不安を抱えつつも手術を断念。結局、次の診察まで自然に始まることはありませんでした。
旦那様はその間、決まっていた出張を延期して、いつでも駆け付けられるようにしてくれました。
会社の皆さん、ご迷惑をおかけしました。ご理解感謝致します。

診察の朝、なんとなく、生理直前のような感覚でした。
もしかしたら自然に始まるかも、この子のペースに任そうか、そう考えながらも産婦人科に行き、薬の説明を受けました。

Cytotecという経口薬です。膣座薬にも使えるらしいとか。
3錠ずつを6時間ごとに、計12錠を飲むこと。
服用して1~2日以内に子宮の収縮が始まって出血し、内容物が出て来た後は、出血が穏やかになること。
それは2週間続くかもしれない。

「2週間も、いつ出てくるかの恐怖に晒されるの?」

暗く重い気持ちで家に帰りました。

PM5:30 PM11:30 AM5:30 AM11:30
に飲むことを決め、最初の服用時には旦那様が会社を抜けて来てくれました。

飲んだ少し後から、生理痛が始まりました。
副作用に、嘔吐と下痢、とありましたが、幸い、嘔吐はなく、下痢でした。

就寝する前くらいに出血が始まり、あまりの速さにびっくりしました。

薬を飲んだ後、お腹を摩って
「いいかい、夜、出てくるんだよ」
と声をかけましたが、その晩だなんて。

11:30に二度目の服用をし、就寝後。

今までで一番酷い生理痛が襲って来ました。
副作用の下痢でトイレに篭ります。
便器から離れられないと、出て来たものが調べられないので、便器を立つタイミングが大変でした。

何度目かのトイレのとき、血の塊が出始めました。
出て来る度に、爪で探って赤ちゃんを探します。

ナイト用のナプキンが、寝始めた頃のを替えるほどの出血になってきました。
(薄手のではなく厚手のを使いなさいと指示が出てました)

少しだけ踏ん張ると、塊が出てくるので、便器には座らずに塊を出し続けました。
出血はただ立っているだけでどんどん出てきます。
替えたナプキンが、全て血でぐっしょりになりました。
トイレットペーパーも一巻きなくなりました。

なんだかふらふらして来ましたが、塊を逃すわけには行きません。そして、

黄色い色をした袋が、最初に。

赤黒い色をした袋が、次に。

今までの生理で出たことも見たこともない塊が、出てきました。


半透明の黄色い袋を探ってみると、赤い小さな塊がくっついています。
他にはそれらしき塊はないので、赤ちゃんだろうと取り出す努力をしてみました。
すると、血管らしき組織などにがっちりくっついていて、爪で引き剥がすしか取り出す術がなく。
ごめんね、ごめんね、と言いながら引き剥がしました。

多分、この子だろうと思いつつも、それ以上のことがどうしても出来ない上に、中身が全く見えない赤黒い袋のほうは、探ることも出来ませんでした。

とにかくそのふたつを、新しいナプキンの上に置いて、寝ている旦那様を起こしました。

「多分、出て来たと思うんだけど、私にはこれが限界」

旦那様は起きてナプキンの上を見てくれましたが
「赤ちゃんだとはっきりしないなら、このまま埋葬したほうがいいんじゃないか」
と言います。

でも、調べて貰うことも大事だし、埋葬する適した場所もありません。

とにかく、まだ出るかもしれないからと、そのままナプキンを包み、ジプロックに入れて保管しました。

2日間待って、それ以上の塊が出ないので、病院のラボへ持って(連れて)行きました。


結局、薬は最後の3錠は飲まずにいました。
出血はもちろん信じられないほどでしたし、痛みも相当にありましたが、気絶するほどではなく、至ってスムーズだったように思います。

二つの袋が出た後に、ベッドへ横になったら、

以前、初めて心拍を確認するときの、不妊治療院の待合室で座っていた際に、ふと私の膝の上に座る、幼児の姿が見えたんですが、その子が、寝ている私のお腹の上から、手を振って天井に昇って消えて行くのが見えました。

「バイバイ。ネオとエコ、頼んだよ」


それから数日後に、また生理痛があって大きな血の塊が出た以外は、普段の生理の状態です。
違うことといえば、流産する少し前から、小さくなってきかけていた乳房の乳腺が痛みだし、流産した翌日から、今までにないほどパンパンに乳房が張ったこと。
これは、体験者もおられますが、恐らく、流産を出産と勘違いして、乳を出そうと体が反応しているらしい。

悲しい変化ですが、正常な出産をしたら、ちゃんと体が母親としての機能をしてくれるんだと解って、少し心強かったです。

助産師が言うには、自然排出が始まりかけていて、薬はその手助けをしたのだろう、とのこと。


私は、お腹の子が、私が苦しまなくていいように協力してくれたんだと信じています。



通常の生理が戻り、それを2回見送ったら、次のベイビーに挑戦していいと言われました。
最初の妊娠での流産からすぐに妊娠するとリスクが高いというのです。

世間で言われる見解と相違があって、よく解らないことですが、とにかく今は、一日でも早く回復して元の体に戻りたいです。


赤ちゃんが戻って来てくれるように。
あなたの父ちゃん、あったかい人だから安心しておいで。
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